早期リタイアして世捨て人になる

早期退職実現に向けて妄想するブログです

剪纸,俄罗斯街,有轨电车,中山广场夜景

早上七点去食堂吃早餐。

一节课,老师讲重点学校的事情。

有些人从小学到高中总是第一名,进大学以后因为其他学生也很优秀所以他落伍,很失落,甚至自杀的人也有。

我跟老师说,鸡头凤尾,我想进一般的学校当学霸,因为我是被人夸才有进步的人。

二节课,课本都学完了,老师给我们别的课本的拷贝。

新的课本练习问题比较多,内容也比较难,我是认真的学生,所以很高兴。

老师已经忘掉背唐诗的作业,我提醒她。

我背诵杜甫的登高,背得没的说。

风急天高猿啸哀 渚清沙白鸟飞回

无边落木萧萧下 不尽长江滚滚来

万里悲秋常作客 百年多病独登台

艰难苦恨繁霜鬓 潦倒新停浊酒杯

我觉得把艰难苦恨繁霜鬓变成艰难苦恨神经病,这样容易背下来。

 

下课后,在小食堂吃午饭。

这个小食堂也是自助餐,菜的种类比较少,但是很便宜8块。

下午参加课外活动,今天的活动是剪纸。

老师来的时候,只有我和 U先生。

学生太少了,我对老师觉得不好意思。

有些学生不知道有课外活动,学校应该多宣传。

幸好,七八个学生总算来了。

老师讲话,好像只有我们俩听得懂。

我们作了🌸和蝴蝶,我手艺不好,但剪得还不错。

 

下午四点半之前去食堂吃晚饭。

刚开门,所以菜摆得很整齐。

这个食堂水果也丰富,我爱吃西瓜,哈密瓜和某某。

吃完后没回宿舍,直接坐地铁去看有轨电车。

现在好像在施工,终点暂时不是海之韵站。

在中山广场下了地铁,走到友好广场。

第一个有轨电车来了,可惜是新型电车,反正拍个照片做纪念。

等了一会儿,老式电车终于来了。

现代的大连赛车了,跟一百年前不一样,有轨电车躲不了前面的汽车,开车不太方便

我坐到终点站,然后又往回坐,当然刷两次卡。

在胜利桥附近下了车去看俄罗斯街。

然后再去中山广场,时间已经晚了,广场周围的建筑物被有色灯光照得很漂亮。

回宿舍时都晚上八点了。

洗衣服,写日记,预习课本才能睡觉。

笨鸟先飞嘛

 

食堂の食事が安くて美味しい!

大連に来てからなかなか寝付けなかったり、夜中に目が覚めたりと、睡眠不足が続いている。

今日も6時前に目が覚めてしまった。

7時過ぎに食堂に朝食を食べに行く。

支払いは微信支付。

 

ロシア人が帰国したので、生徒は5人とも日本人になってしまった。

遅刻して入ってきたり、時間中に勝手に出ていく人がいないのはいいけれど、日本人ばかりになって日本で習っているのと同じ感じ。

練習問題が少なくて、先生が喋ってばかりなのも緊張感がない。

授業は華東の先生のほうが面白かった。

 

昼ごはんも食堂で食べる。

今日は学生が並んでいなくて、テーブルも空いていた。

焼茄子がとてもおいしかった。

IさんやUさんは昼からも個人レッスンを受けているそうだ。

1時間50元で90分で75元とか言っていた気がする。

遼師のテキストは簡単で、そのうえ練習問題も少ないので、午後もあまり予習をする必要がない。

午後からどこにも出かけないなら暇つぶしに受けるのも悪くないかもしれない。

 

食後、荷物を寮に置いたらすぐに地下鉄に乗って星海広場に行った。

いちおう大連の見どころらしいのだが、特に見るべきものもない。

博物館があるたが100元もする。

まるで西洋のお城のような立派な建物があるので行ってみるとホテルだった。

そびえ立つ構想ビル群を見ていると本当に中国は豊かになったのだなと思う。

すなわち日本が相対的に貧乏になったということで、2000年くらいまでアジアは金持ち日本人とそれ以外にわけられていたのが、今は国籍は関係なくなって金持ちと貧乏人にわけられるようになったのではないか。

ただ広場を一周しただけ(といってもむちゃくちゃ広いので1時間以上かかったが)で、地下鉄に乗って人民広場に行ってみた。

オリンピック広場から人民広場を通って次の駅まで歩く。

人民広場の北側には大連市人民政府(旧関東州庁)、西側には大連市司法局(旧高等法院)と日本統治時代の建物らしい。

旅客飛行機のない時代に見知らぬ中国まで多くの日本人が移住してきていたのだと思うと昔の日本人のたくましさのようなものを感じる。

 

大学に戻るとまだ4時20分だったが、食堂に入ってみるともう何人か食べていた。

まだほとんど手をつけられていないので、ずらりと並べられた料理がとても豪華に見える。

お皿に山盛りとっても20元もかからず、安くて美味しい。

おまけにスイカなどのフルーツもたくさん。

毎日ここで食べても当分飽きそうにない。

 

 

 

 

面塑の課外活動に参加

昨晩もなかなか眠りにつけなかったにもかかわらず6時過ぎに目が覚めた。

8時20分くらいに教室に行くと一番乗りだった。

それでもロシア人以外の日本人はちゃんと時間通りに来ていたと思う。

授業は教科書も簡単だし、予習もしているので、中級クラスではやっぱり物足りない。

年配の日本人から、みんなで夕飯を食べませんかという提案があり、せっかく声をかけてもらったので参加することにした。

 

 

昨日食べた食堂は、実は職員用食堂で、夏休みのため学生用食堂は閉まっているとのことだった。

道理で大勢の学生が食べるには小さすぎると思った。

昨日一緒に食べに行ったUさんと、職員用食堂の裏手にある小さな食堂に行ってみた。

料理の数は昨日ほど多くないが、じゃがいもの煮た料理、野菜と卵の炒め物、豚肉の煮たものの3種類とご飯を選んで8元だった。

またしても写真を撮るのを忘れてしまった。

 

食後、散歩がてらに大学の一番奥まで行ってみると、屋根で覆われた山を超える階段があって、山の向こう側にも大学の建物があった。

 

午後1時半から面塑の課外活動に参加した。

行ってみると参加者は朝鮮人一家の子どもたち4人だけだった。

しばらくしてUさんが来ただけで参加者はとても少ない。

カリキュラムに書くだけでなく、課外活動がある日は告知をして参加者を募ったらいいのにと思った。 

白、黒、黄、赤の紙粘土が各自に配られて、最初にペンギン、次にパンダの粘土細工を作る。

私は手先が不器用な上に想像力がないので、不細工な人形になってしまったが、、子どもたちは思い思いにユニークな作品を作っていた。

 

部屋に戻って洗濯をしたり、アマゾンプライムのビデオを見て時間を潰し、6時半に下に降りていく。

私を含めて男性5人、女性1人で近くの家常菜の食堂に行った。

一番人付き合いがよくてまとめ役のIさん、会社役員だったことをさりげなく自慢するSさん(どーでもいいw)、日本に帰っても天涯孤独というMさん(将来の私か)、勉強熱心でストイックな感じのUさん、大連に何回も来ているという紅一点?のYさん、男性は私を除くと55歳から69歳で私が一番若輩。

学習歴ではIさんがダントツで長くて20年、SさんとMさんは退職してから始めたらしい。

自己紹介を始めたらいつまでも話が終わらない人もいたり、話好きな人ばかりだったので、無口な私でも気楽に過ごせた。

最後に会計をすると152元、ビール8本くらいに料理も8品くらい注文したのにすごく安くておいしかった。