おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、正社員から週休5日、日給5万円、半在宅勤務、有休フル消化のハケン社員になりました

八幡山(鶴翼山)登山と「炭櫓」極めひつまぶし

全国旅行支援で滋賀にきた。

1日目は観光するつもりはなかったので昼過ぎに家を出たら、2時前に近江八幡に着いた。

ホテルのチェックインが4時からだったので、時間つぶしに八幡山城跡に観光に行く。

30分かけて歩いていったけど、駅前に1回500円のレンタサイクルがあった・・・。

近江八幡市は、天正13年(1585年)に豊臣秀次(豊臣秀吉の甥)が八幡山に城を築いたことに始まります。
秀次の楽市楽座等による商工業の発展政策は、その後の近江商人の活躍の原動力となりました。天正18年(1590年)に秀次が移封され、ついで京極高次が城主となりますが、わずか5年後の文禄4年(1595年)に廃城となります。城下町商人としての特権は失われましたが、船や街道を利用して多くの人や情報、文化が入ってくる地の利を活かし、その先進性と自立的な商法により八幡を本店として江戸や大坂に出店を設けるなど活躍していきます。
今なお碁盤目状の整然とした町並みは旧市街地に残され、特に新町や永原町にはかつての近江商人本宅の家々が立ち並び、八幡堀に面した土蔵群は往時の繁栄を偲ばせます。

白雲館

明治10年に当時のお金6000円で設立された八幡東学校。近江商人が子どもたちの教育実を図るため、その食用の殆どが寄付で賄われました。現在は観光案内所が併設されに市民ギャラリーとして利用されています。

「八幡掘」と呼ばれる琵琶湖と繋がる運河を屋形船が観光客を乗せて通っていく。

高度成長期にはどぶ川のようになっていたのを、再び美しく蘇らせたのだとか。

日曜日だからか観光客が多い。

麓の日牟禮八幡宮にお参り。

本殿。

たくさんの菊が展示されていた。

先に進むと、八幡山ロープウェイ駅があった。

たかだか271.9mの高さしかないので、ロープウェイに乗るという選択肢はない。

さらに進むと八幡公園から登れそうだった。

ここからYAMAPで記録スタート。

お金をケチって、地図をダウンロードしないので、歩いた記録は残るけれど、地図は使えない。

少し道に迷って、なんとか参拝道に出た。

普段、いかにYAMAPに依存しているか思い知らされる💧

あとでYAMAPを見ると、八幡公園ではなく、白雲橋を渡って少しいった右手に登山道入り口があったようだ。

瑞龍寺の方向に進む。

汗だくになって、山頂ロープ駅の横に出てきた。

少し上がると「八幡山展望館」がある。

恋人の聖地とか書かれてて、関係ないので中を通り抜けていく。

秀次が築かせた石垣?

瑞龍寺の門。

手水舎が色とりどりの花で飾られている。

瑞龍寺は秀次の菩提寺

秀吉に跡継ぎが生まれたとき、さっさと関白を返上しようとは思わなかったのかな。

北の丸跡から北側の「西の湖」が見える。

左の方に見えるのは伊吹山

西の丸跡からは近江八幡の町並みが見える。

出丸跡は270度の展望。

東には琵琶湖。

西には近江八幡の市街地が広がる。

出丸跡から、八幡公園に下りる道があった。

出丸の堀沿いに進むと、YAMAPにも載ってないけっこう急な坂道があった。

竹林の中を下りていく。

竹林を抜けて一般道に出たところでYAMAPを止める。

八幡掘を越えて、また30分歩いてホテルに戻る。

山道と違って、アスファルトの道は30分歩くだけで疲れる。

ホテルにチェックインして、全国旅行支援のクーポン6,000円をもらって、ひつまぶしを食べに「炭櫓」に行く。

人気店らしくて、休日は行列ができると書かれていたので、開店前の5時前に着いたけど、日曜日夜は全然待たなくても食べれたっぽい。

クーポンはチビチビ使わず、豪華一点買い。

一番高い「極めひつまぶし」(5,500円)を注文。

とても美味しゅうございました。

どっちかというとうな重の方が好きかも。

とっととクーポンを使い切ろうと「アンデケン」というケーキ店へ。

チーズケーキ(330円)

ミニバウム(250円)、マロンケーキ(220円)、ピラケーキ(220円)

合わせて1,020円でクーポンを使い切った。

チーズケーキだけ食べて、残りは明日のハイキングに持っていく。

地図をダウンロードしない場合、記録は取ってくれるけど、山頂に到達した記録は残らないみたい😥