ホテルで朝食を食べてから出発したのでは、帰るまでに回り切れないので、早起きして朝食までに生月島(いきつきしま)を回ることにした。
5時前に起床して、大浴場でひと風呂浴びて出かける。
塩俵断崖
早朝なのでガラガラ。
塩俵断崖に到着。
断崖の柱状節理がはっきり見える。
大バエ灯台
こんな早朝、誰もいないだろうと思ったら、「なにわ」ナンバーの車が泊ってた。
日本本土最西端の神崎鼻公園より、よっぽどこっちの方が最果て感がある。
山田カトリック教会
ナビに従ってたら駐車場につくまで細い道を迷いまくり。
早朝で対向車がなくてよかった。
他の教会もそうだが、コロナのため中には入れない。
春日の棚田
ついでに他の平戸の教会も回ることにする。
途中で、春日の棚田を通過。
隠れキリシタンが切り開いた棚田だそうで、春日集落は世界遺産の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一つ。
もう何でもありやな・・・。
紐差カトリック教会
ここも車1台しか通れないような道に入っていく。
こんな急こう配を登るのって思うような駐車場がある。
カトリック宝亀教会
ここもまたまた細い道を入っていく。
平戸ザビエル記念教会
いったんホテルに帰って、朝食を食べて、チェックアウト。
平戸市街地の観光に向かう。
ここもナビの通りに進んで道に迷って、スマホのGoogleナビでたどり着いた。
平戸オランダ商館
入場料310円。
今まで平戸と出島といっしょくたになっていたけど、位置関係と歴史の推移がようやく理解できた。
1609年 平戸オランダ商館が設置される。
1637年 島原の乱
1639年 石造倉庫が完成
1640年 江戸幕府より西暦年号(キリスト紀元)を建物に使用していることを理由に破壊を命じられる。
1641年 出島移転
同じプレートが倉庫入口の上部に埋め込まれている。
VOCアーチ石
オランダ商館の建造部材として現存する唯一の資料。遺物でオランダ東インド会社のVOCマークが刻まれている。どの建物に使用されていたかは不明だが、洋風建造物の扉のアーチの要石と思われる。
南蛮甲冑
平戸藩主松浦家に伝来したもので、ヨーロッパ風の南蛮具足。政策はオランダで、輸入後日本風に改良がされている。
こちらは西洋の甲冑
リーフデ号模型
1600年、日本にはじめて漂着したオランダ船リーフデ号の模型。大航海時代には、遠征用の帆船の模型で装飾などを検討し国王の承認を得て、建造に着手したとされる。
2階は平戸の写真以外に展示なし。
建物中央を横切る柱。
オランダ本国に残る同類の倉庫においてもよく見られる構造らしい。
平戸城
天守閣入場料520円。
コンクリート造りで、展示は子供向けのゲームや動画などで歴史的な展示品はほとんどない。
松浦家第26代鎮信(しげのぶ)は1599年「日の岳城」を築いた。しかし、徳川家康は豊臣秀吉と親交が深かった松浦家に疑いのまなざしを向けた。鎮信はその疑いを払うため1613年完成したばかりの「日の岳城」に自ら火をつけて焼き払った。30代棟(たかし)になって1704年「平戸城」の再築を開始、1718年完成した。平戸城が再築されるまでは御館(現在の松浦史料博物館)を本拠とした。明治4年廃城となり、昭和37年復元された。
※パンフレットや展示から書き写したがWikipediaと年代の相違あり
鎮信の時代にオランダ商館が開設されて平戸貿易が栄えた。
松浦家35代(平戸藩第10代藩主)松浦熈が所有したと伝わる鎧。
1718年再築城時の「鯱瓦」と松浦家家紋の「梶の葉」紋額
見奏櫓(左)と懐柔櫓(右)。
右下の屋根は土俵?
左手の山の中腹に平戸ザビエル記念教会、右端にあるのがオランダ商館。
大航海時代、この平戸島と九州本土との間からポルトガルやオランダの商船が入ってきていたのだろう。
日本最初のたばこ種子渡来の地とある。
見学が終わると11時前だったので、急いで長崎空港に向かう。
途中、交通違反で捕まる ( ノД`)シクシク…
空港近くで給油して、レンタカーを返却し、空港まで送ってもらう。
昼ご飯を食べてなかったので、空港で長崎皿うどんを食べる(1,040円)。
太麺を頼んだが、パリパリした細麺の方が美味しいな。
どこら辺で捕まったんだろ?
既に記憶があやふや 💦