おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《バイトの品格》

五十而知天命、もういつ辞めてもOKのおまけの正社員を退職、週休5日制のおまけのバイト社員生活に突入しました。

30年間の残業時間と裁量労働制

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有給休暇、生涯賃金に続き、今回は30年間の残業について振り返る。

残業時間の推移

入社翌年の1991年から2003年までの一ヶ月当たりの平均残業時間の推移を出した。

会計年度 平均残業時間 備考
1991 20.0  
1992 22.3  
1993 13.7 1993/06 異動
1994 10.9  
1995 8.5 1995/06 部内異動
1996 8.0  
1997 8.0  
1998 8.0  
1999 7.0  
2000 6.0  
2001 6.0 2001/12 異動
2002 11.4  
2003 10.3 2003/06 部内異動

もちろん、実態とは大きくかけ離れている。

当時は部門毎におおよその上限が決まっていて、その上限までしか残業をつけることができなかった。

記録が残るタイムカードを使うはずはなく、強制的な自己申告制だった。

30年間の会社員生活で残業が多かったのは、若手時代の1990年~1994年の5年間だ。

入社1年目だったと思うが、事業所の門が閉まる夜10時までに帰れず、門を乗り越えて帰ったら見つかって翌日に叱られたことがあった。 

1993年、1994年の繁忙期は家が遠い人は会社の近くのビジネスホテルに泊まってホテルから出社した。

定時に帰ることはまずなく、忙しくなくても他の同僚に合わせて夜7時や8時過ぎまでは残っていた気がする。

当時はまだネットがない時代だったのに、仕事が暇なときは何をやって時間を潰していたんだろう。

記録が2003年までしかないのは2004年5月から裁量労働制が導入されたからだ。

裁量労働制って最高!

最近も2018年に厚生労働省のデータで、裁量労働制の労働者が一般の労働者より残業時間が少ないという改ざん問題があって、何かと悪者扱いをされている裁量労働制だが、私にとって裁量労働制は改悪ではなく改善だった。

私の会社でも、裁量労働制が採用されたのは残業時間抑制が本当の狙いだが、業務分類*1に応じて事業所単位でみなし労働時間を定めた結果、私がいた部署では自己申告時より受け取る手当が増えたのだ。

さらに2008年12月に現在の職場(退職日までまだ数日ある)に異動になると、最初の2年はプロジェクトの関係で残業も多かったが、その後は仕事に慣れ毎日定時退社できるようになった。

残業手当なら残業時間「0」なので手当が1円もでないところが、毎月定額の裁量労働手当がもらえたのだ。

裁量労働制は毎年申請する必要があるが、もちろん毎年更新した (^^)v

残業してないのに受け取った2011年以降の裁量労働手当は累計で8百万円ぐらいになるから、若手社員時代のサービス残業代を取り戻したかもしれない w

それに、他の人が同じ業務をやったら残業していたはずと考え、公平公正な手当だったと思うことにする (-ω-)/

フレックス制度を一人で利用

1990年代初頭にフレックス制度が脚光を浴びた時期があった。

繁忙期には残業をする代わりに閑散期には定時より早く帰ったり遅く出社して総労働時間を減らして生産性をあげる狙いだった。

私がいた部署でも1991年終わりか1992年に導入されたが、当時のオジサンたちが誰も利用しないので、はじめの内は使っていた若手社員も使いづらい雰囲気になって次第に使わなくなってしまった。

そんな中、私はどうせ他の人が帰る時間に合わせて残業しないといけないなら朝はゆっくり来ようとたった一人でフレックス制度を続けた。

今では同僚の目を気にせず毎日定時退社、完全有給消化にまで昇華させたが、若手社員のころから既に”KY”だった。

結局、人間の本質は30年間の会社生活を経ても簡単には矯正されないんだなと思う w

zhizuchangle.hatenablog.com

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*1:専門業務型、企画業務型、事業場外みなし労働