おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、正社員から週休5日、日給5万円のハケン社員になりました

金田城跡(城山)にも登る

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白嶽があんがい早く登れたので、連チャンで金田城跡に登ることにした。

また車一台しか通れない道を進むと、登山口前に数台停められる駐車場があった。

先客は一台の軽自動車とバイクで余裕で停めれた。

帰るときは途中の対向車を避ける場所に停めている車もあった。

金田城について

663年、白村江の戦いにおいて唐・新羅連合軍に敗れた倭は、西日本各地に古代山城を築き、対馬壱岐・筑紫に烽火(とぶひ)と国境守備兵・防人(さきもり)を配置しました。日本側の当事者は中大兄皇子で、大化の改新という政治改革を進めながら外国からの侵略にも備えるという、まさに激動の時代でした。
国境の島・対馬は国土防衛の最前線となり、浅茅湾(あそうわん)の複雑な海岸線と、突き出した石英斑岩の岩塊・城山(じょうやま)の地形を利用し、667年、古代山城・金田城が築かれました。防人たちはおもに関東から徴兵され、家族や故郷を想う心情が万葉集の「防人の歌」として今に伝えられています。

また、明治期には金田城を再整備する形で城山砲台が建造され、陸軍砲兵部隊が国境防衛の任にあたりました。その間およそ1200年が経過しているにもかかわらず、城山の軍事的重要性は変わらなかったことになります。

パンフレットにはこう書かれているが、石垣は飛鳥時代のものってこと?

10:30 登山開始

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10:40 東南角石塁

駐車場から歩いていくと、見晴らしのいい場所があり、黒瀬湾が見えた。

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その少し先には長い石垣が残っていた。

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この石垣も当時のものかな?

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10:55 東西部石塁

再び長い石垣が現れた。

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11:00 日本軍施設

コンクリート製の構築物と井戸のようなもの。

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その先には複数の旧日本軍の施設。

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中は空っぽ。

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11:05 城山山頂

少し坂を登る。

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頂上付近も石塁が残っている。

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城山山頂に到着!

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吹崎浦など山の西側が一望できる。

天気がいいのでいい眺め!

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南の方角は山が連なる。

対馬って山ばっかりの地形なんだな。

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頂上付近にも石垣の遺構。

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11:13 砲台跡

山頂から軍施設に引き返すと一番北側に砲台跡があった。

左側に窓のようなものが見える。

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反対側に下に降りる階段があった。

中は薄暗くて何もなし。

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思ったより楽勝だったし、せっかく来たので、単純往復じゃなく、一周コースを歩くことにした。

長い階段を降りていくと、途中から土の坂に変わる。

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少し見晴らしのいい場所があった。

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11:33 一ノ城戸

城壁の高さは最高6.4m。
出張の石垣は上部と下部とでは石材も積み方も変わっていて後世修築した形跡が歴然としている。

海岸に下る分岐がある。

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11:35 大吉戸神社(おおきど)

湾なのに湖のように静かな湖面。

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海岸に大吉戸神社があった。

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賽銭箱はなく、扉も閉まっていなので、扉の隙間からお賽銭を入れた。

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再び一ノ城戸に戻る。

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11:48 ニノ城戸

二ノ城戸城門跡は、かねてから柱穴のある門礎石が2石露出しており、また門にとりつく石垣も比較的良く残っていました。平成11年度の発掘調査で、新たな門礎石、敷石などが確認されました。城門は正面の間口1間(約3m)奥行3間(約5m)の規模と推定されます。城門両側の石垣は海側から見た高さが5m以上あり、築造当時は威容を誇っていたと思われます。

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二ノ城戸からビングシ山に向かい、ビングシ山分岐点で「石塁ルート」を歩くことにした。

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石塁ルートは、左手に湾を望みながら歩く。

真っ青な空、真っ青な海、そして紅葉がとても綺麗。

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12:00 三ノ城戸

城で最も大きいこの谷を三ノ城戸といい、標高約32メートル、三つの城戸を通じて最も高い位置にある。
この城戸の石垣は壮大で、底部の水門もいまだ機能している。
城門の高さは約3.5m、幅約4mで南東を向いていたと推定される。

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12:02 東南角石塁

金田城の東南端に位置する石塁には大きな特徴がある。石塁の角部分を前面(外側)に出し、敵の攻撃に備え防御機能を高めた「張り出し」を構構築している。韓国では「雉・雉城」と呼ばれるこの構造は、国内では他に岡山県鬼ノ城の「角楼」でも確認されている。金田城では、一ノ城戸とそのほかにも2箇所の張り出しがある。
東南角の石塁は、崩落した箇所もあるが、比較的残りが良く、高さは4m前後と均一で、内壁も原状を留めている。城域の要所に当たるこの地点は、古代山城の特徴を残した重要拠点として注目される。

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登るところを間違えたのか、石垣をよじ登った 💦

最初に石垣が見えた地点に上がってきたのだった。

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12:13 駐車場

歩いてみれば一周したけど2時間かからなかった。

ハイキングが遅くなったら、韓国展望所は行くのをあきらめるつもりだったけど、余裕で行く時間ができた 😄

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