おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、正社員から週休5日、日給5万円、半在宅勤務、有休フル消化のハケン社員になりました

町石道(九度山~高野山壇上伽藍)

最近、登山の下りですぐに膝が痛くなるので、Amazonで膝サポーターを買った。

膝サポーターを付けたら楽になるのか試そうと高野山に登ることにした。

登りは町石道(ちょういしみち)で、宿坊で一泊して、翌日、黒河道(くろこみち)を下る。

どちらも去年歩いたことがある。

町石道は、距離はあるけど、緩やかな坂道ばかりなので、歩くのがとても楽なコース。

09:30 九度山出発

九度山で下車。

帽子を忘れたことに気付く。

日差しを遮るだけでなく、山道を歩くとき、蜘蛛の巣が顔にかからない効用もあることを痛感した。

09:45 慈尊院

途中、真田庵があるけど、行ったことがあるのでパス。

世界遺産弥勒堂。

乳がんが再発しませんように」とか切実な願い書かれてた。

慈尊院の長い階段を上がると丹生官省符神社

慈尊院が町石道の起点。

登り始めて、1組のハイカーを追い抜いたが、この後、矢立茶屋まで誰とも会わず。

町石とは、弘法大師空海が建てた卒塔婆に由来する五輪塔形の石柱で、ひとつひとつに根本大塔を起点とした数字と仏尊を表す梵字が刻まれています。高野巡礼の人々は一町ごとに合掌して高野山への歩みを進めたと伝えられています。慈尊院から根本大塔まで合計180基の町石が一町(=約109メートル)ごとに道標のように置かれています。

柿畑の脇を通る。

10:10 町石道展望台

橋本市街と紀の川が一望できる。

柿とミカンが一袋100円で売られている。

帰りだったら買うのに・・・。

榧蒔石(かやまきいし)

弘法大師がこの道を通り高野山まで登る途中、当時の山崎の集落の貧しさを見かね、この石の上から榧(かや)の種をまきました。榧の木はアクが強く、虫に食われることもなく、成長に大変時間がかかることから、歪みも少なく木材として大変優れており、現在でも碁盤の材料や住宅の柱材に使われているほどです。また、実は、油分を多く含み、食用としても、搾って燃料としても使えます。山崎の地はこの榧の木のおかげで大いに栄えたと伝えられています。本来、この石は今より大きなものでしたが、昭和の初め頃、作業道を作るために一部が取り除かれました。

銭壺石(ぜんつぼいし)

1265年(文永二年・鎌倉時代)、覚斅(かくきょう)上人の発願により、20年という長い年月をかけ町石道が整備されました。整備作業の際、北条時宗外戚である安達泰盛が、この石の上に置いた壺に給金を入れ、作業員につかみどりをさせて与えたという伝承があります。銭壺は上部がくびれているため、欲を出してたくさんの銭をつかんでも手が引っかかって取り出すことはできません。そのため、大きな手の者でも、小さな手の者でもつかめる銭の量は大差なかったと言われています。

接待場

真言宗の開祖、弘法大師空海)は835年3月21日に入定しました。毎年この入定の日に高野山で行われる法会を「御影供(みえく)」といい、大正時代の末期まで、人々は歩いて高野山を目指しました。当時、御影供の日に教良寺(きょうらじ)村の有志たちが高野詣の人々に、この場所で握り飯や湯茶の接待を行ったことから「接待場」と言い伝えられています。ここには弘法大師空海)の石像があり、この石像を拝むと「遠く高野山奥の御廟を望む」と言われています。

去年は、世界遺産の丹生都比賣神社に寄り道したけど、今回は大門に直接向かう。

二ッ鳥居

丹生都比賣神社に寄り道した場合は、ここに上がってくる。

この鳥居は、弘仁10年(819)5月3日弘法大師によって建立された。(紀伊風土記
当時は木製であったものを慶安2年(1649)5月補陀洛院叟遍が私財を以って今の鳥居とした。

白蛇の岩と鳥居

この鳥居の奥にある大きな岩は、白蛇の岩(垂迹岩)といい、この岩の隙間に入り込もうとしていた蛇を、杖でつついて驚かせた僧が、丹生都比売神社からの帰途、この岩の前を通ると白い大蛇が岩の上の木に巻き付い て待ち構えていたという伝説があります。僧は自分の非を悟り、丹生都比売神社でご祈祷をして戻って見ると、大蛇はすでに消えていたといいます。その話しから、この岩には白蛇が棲みついており、この岩にお参りをして 白蛇の姿を見ると幸せになると言い伝えられています。

ゴルフ場の脇を通る。

11:30 神田地蔵堂

ゴルフ場の脇にある小さなお堂。

腐った木にびっしりと苔が生えてキノコが生えてる。

12:40 矢立茶屋

車道を横切る。

「矢立茶屋」に売られている焼き餅を食べてみたかったが閉まってた。

下ってきたらしいハイカーとすれ違う。

この日、追い越したのは1組、すれ違ったのも1人だけ。

七体だけど「六地蔵」。

袈裟掛石

弘法大師空海が、山を登る際に袈裟を掛け休んだと言い伝えられている石。 袈裟掛石は、高野山の聖域と俗 世の境界を示す「清浄結界」 を表しています。 鞍のような形をしていることから「鞍掛石」とも、この石の下をくぐると長生きするとも言い伝えられていることから「くぐり石」とも謂われています。

押上石

弘法大師空海の母公が清浄結界を越え高野山へ入山しようとした時、激しい雷雨が襲いました。親孝行であった空海は、この大岩を押し上げ、母をかくまったと言い伝えられています。今でも岩には、空海の手の跡が残っていると謂われています。

二つ町石が並んでる。

何かわからないけど、お供え物がしてある。

13:10 展望台(40町石)

ここでパンを食べようと思っていたが、先客がいたので、パスする。

おびただしいキノコ。

食べられるかな?

鏡石

表面が鏡のように平らなことから「鏡石」と呼ばれてい ます。 この石の角に座って真言を唱えると願いがかなう (「心願成就」する)と謂われています。

小川の横を通ったら大門はもうすぐ。

14:00 大門

14:15 壇上伽藍

壇上伽藍の近くのファミマで、コーラ、コーヒー、ポカリスエットを購入。

登山した後のコーラーは美味い!

フランス人の団体観光客が来てた。

壇上伽藍のベンチでパンとコーヒーの食事を取ろうと思っていたのに、ベンチに「飲食お断り」の貼り紙が。

真言宗ってセコイ!

両親がいなくなったあとは、檀家をやめてやる。

壇上伽藍に続く小径が本当に綺麗。

紅葉の季節に来ると格別。

朝は天気がよかったのに、雨がぱらつき始める。

金剛峯寺も初めて来たときに入ったのでパス。

雨が少し本格的に降り始めた。

たまたま、出がけに雨合羽の代わりに折り畳み傘を持ってきた😀

去年は、丹生都比賣神社に寄り道したので、6時間、24.7kmだった。

登りは膝に負担がかからないので、速いペースで歩けた。

町石道は、緩やかな坂道だから楽なんだけど、ずっと林の中で景色が単調。

 

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