おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、毎日定時退社&有給フル消化の正社員から週休5日、日給5.5万円、在宅勤務のハケン社員になりました

【台湾留学】マンションの不便な点

台湾滞在ちょうど10日目にして、初めてゴミ出しをした。

紙のゴミばっかりだったからコンビニ袋に入れて溜めてたけど、マンゴーを食べて生ごみがでたので腐る前にゴミ出しした。

住んでるマンションで違うのだろうが、私のマンションは清潔費が部屋代に含まれてて、マンションの外にあるポリバケツに捨てればいい。

なんとなく、燃えるゴミ、紙類、プラスチック類に分ければいい感じ???

マンションで不便な点はシャワーが別のブースになってないこと。

シャワーを浴びたら床もトイレもびしょびしょになる。

マッパになったらシャワーを浴びる前にトイレするようにしている。

トイレがウォシュレットじゃないのも不便。

でも、シャワーが便器に近いからタイ式が・・・・😎

シャワーノズルは放射状なので服を着たままだと服もずぶ濡れになる。

もうひとつ、換気扇と蛍光灯が一つのスイッチなのも、シャワー後、換気扇だけ回したいのに電気もついて不経済。

玄関スペースがないのも不便。

仕方なく脱いだ靴はビニル袋に入れてドアの前に置いている。

出かけるときは、ドアをあけて靴を履きながら外に出るw

台湾人は部屋の外に靴箱を置いている人が多い。

靴箱だけならまだしも、他の私有物で廊下を占有している人もいる。

最初は、私も靴を外に置いてたけど、靴が一足しかないので、留守かどうかわかってしまうので部屋に置くようにした。

大学の近くにも「中興素食餐廳」という自助餐があった。

カットした果物(グアバとドラゴンフルーツ)、饅頭もあってGood!(96元)。

図書館の横に「丘逢甲先生記念館」がある。

ってことは、逢甲っていうのは地名じゃなくて、丘逢甲さんという人が大学を設立したのか、と思ったがそうでもなさそう。

丘 逢甲は台湾の詩人、教育家。
漢文教師の子として台湾に生まれる。先祖は鎮西(現・中国広東省蕉嶺県)の出。
1889年に北京で行なわれた科挙に及第し進士となり、工部主事に任じられた。しかし任官に興味のなかった丘逢甲は台湾に戻り、台中の衡文書院で主講を務め、後に台南と嘉義に於いて新学を教授した。
1895年、日清戦争後の下関条約により台湾が日本に割譲されることが決定されると、丘逢甲は割譲反対を唱え義勇軍を結成し日本軍に抵抗した。しかし圧倒的な軍事的優位を誇る日本軍に追い詰められ、11月には広東へと逃れた。広東での丘逢甲は興民中学の初代校長や広東教育総会会長を務め、中華民国建国後は広東省代表として孫文の組織した臨時政府に参加している。その後台湾に戻ることはなく、1912年2月25日に死亡した。(Wikipedia

今度、記念館に入ってみよう。

マンションのもう一つ不便な点が、すぐ近くに食べるところがない点。

テイクアウトは生ごみが増えるので、外で食べたい。

「宏佳火雞肉飯」という店に入ってみた。

紙に書かず、直接、口頭で注文。

鷄滷肉飯(55元)を頼んだら、野菜3種類選ぶように言われて100元だった。

席についてから、注文用紙を見てみる。

なんとなくだけど、鷄滷肉飯弁当(100元)になったんじゃないだろうか。

鷄滷肉飯がおいしかった。

また行こう。