おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、正社員から週休5日、日給5万円、半在宅勤務、有休フル消化のハケン社員になりました

軍艦島クルーズ 売れない商品抱き合わせセット世界遺産

長崎旅行で楽しみにしていたのが軍艦島クルーズ。

実際には、ああこんなもんかと思っただけで、大して面白くなかった。

理由は、島内の限られたごく一部の観光用ルートを歩けるだけで、廃墟は遠くから眺めるだけだったから。

長崎半島から西に約4.5km、三菱石炭鉱業(株)の主力炭鉱があった高島から南西に約2.5km、長崎港から南西に約18kmの沖合いに位置する「端島(はしま)」。

端島は、南北に約480m、東西に約160m、周囲約1,200m、面積約65,000㎡という小さな海底炭鉱の島で、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

炭坑閉山後、長い眠りについていた「端島炭坑」ですが、2015年、「明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録されました。日本の近代化を支えた産業遺産「端島炭坑」は、石炭産業の歴史を今に伝えています。

いくつかクルーズがあるようで、私が申し込んだのは、やまさ海運が主催している軍艦島クルーズ。

午前と午後のツアーがあって、3月末に午前のツアー(9:00~11:30)に申し込んだ。

事前に「上陸誓約書」をWEBからダウンロードして記入しておく。

当日、ツアーの30分前までに長崎港ターミナルで乗船手続きをする。

クルーズ料金(3,600円)はカード支払可、軍艦島に上陸するための長崎市施設使用料(310円)は現金払のみ。

30分前に手続きをして乗り場に向かうとすでに行列ができていた。

自由席なので、デッキのいい席を取りたければ早めにいかないとだめだ。

「マルベージャ号」に乗り込む。

すでに2階の見晴らしのいいデッキ席はないので、1階船室の右側に座る。

でも、もう一回、椅子取りゲームがあって、そっちの方が重要なので、到着までは船内の座席でも構わなかった

なんかのっぺりした船。

自衛隊の船だろうか?

Googleレンズで見ると「もがみ型護衛艦」と出た。

こっちはいかにも軍艦ぽい船。

NTTの海底ケーブルを敷設する船。

窓ガラスが汚れてて、ちょっとピンボケしてる。

40分ほどで軍艦島に到着。

説明を聞く見学広場が3ヶ所あって、乗客は3つのグループに分けられた。

私は下船した場所から順番に回るグループになった。

崖の下の廃墟は1958年(昭和33年)に建設された7階建の端島小中学校。

右手に並ぶ支柱は精炭を貯炭場に運ぶコンベアーの跡。

1810年頃、石炭が発見され、1890年三菱合資会社の経営となって、本格的海底炭鉱として操業が開始された。

採掘は海面下1,000m以上に及び、軍艦島から見えた「三ツ瀬」という岩礁まで坑道が達していた。

レンガの後ろの総合事務所には炭鉱マンのための大きな共同浴場があった。

高級職員用の3号棟以外のアパートには室内風呂がなかったそうだ。

どっちにせよ炭鉱から出てきて真っ黒じゃ風呂に入ってからじゃないと帰れないか。

高台に見えるのは貯水タンク。

飲料水は当初、海水を蒸留していたが、のちに給水船で運ばれて貯水槽に蓄えられた。

1957年(昭和32年)には対岸から海底送水管が敷かれて送水されるようになった。

ウクライナじゃないよ。

って書いたら非難されるか。

1916年には日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され、最盛期には約5,300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍の人口密度だったとのこと。

1974年1月に閉山、同年4月に無人島になった。

正面に見えている30号アパートは1916年(対象5年)に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造の高層jアパートと言われている。

その左側の31号棟鉱員社宅は地階に一般用の共同浴場があった。

3つの見学広場で説明が終わったら船に戻る。

ここで真っ先に戻ってデッキ席を取る。

沖合に出て撮影ポイントに来たら向きを変えてくれるので、右側でも左側でもいい。

左手に見える祠が端島神社。

神殿の下に拝殿もあったが倒壊してもうない。

小中学校の裏、軍艦島の北の端に端島病院・隔離病棟があった。

周囲を6回にわたって埋め立てて護岸堤防の拡張を繰り返し、今日の姿になった。

もともとは現在の3分の1ほどの大きさしかなかったそうだ。

奥に見えるのは中ノ島。

軍艦島より長崎港寄りにある。

軍艦島で亡くなった人はここで火葬して墓を作ったそうだ。

伊王島伊王島大橋

女神大橋

天気がよければもっときれいに撮れたのに残念。

長崎港ターミナルビルに戻ってきた。

Tシャツ一枚だったのでデッキ席は風が当たって寒く、リュックサックで風が直接当たらないようにしていた。

下船後に「軍艦島上陸証明書」をくれる。

こういうのって、写真を撮って画像ファイルにしたら捨てる。

むちゃくちゃ懐かしい船を発見!

昔、大阪と高松を結んでいた高速艇。

ターミナルビルに軍艦島の模型があった。

歩けるのは手前の船が着いてる所から左端のプールのところまでの海岸沿いの遊歩道。

マンション群の中を歩けないからつまらない。

居住区は外洋に面した西側に作られたので、風をモロに受けていたそうだ。

軍艦島端島炭鉱)は世界遺産だが、「明治日本の産業革命遺産」は8県に点在していており、長崎市に8点ある中の一つだった。

売れない商品の抱き合わせセットみたい😎