白い道
宗谷パレスをチェックアウトして、ここまで来たからには宗谷海峡に向かう。
途中の「白い道」に寄る。
たくさんの風力発電が建ち並ぶさまは圧巻。
宗谷岬
もう何回来たか覚えてない。
干潮だったようで、なんか汚い w
上の展望台に上がる。
10時からオンライン会議があるので、日本最北端の宗谷岬から参加しようと思ったのだ。
屋外でのオンライン会議は宮古島の牧山展望台以来2回目。
宮古島のときは本当に屋外で風が寒かったけど、今回は駐車場の車の中。
自分も話さないといけないので、後部座席に移動して参加。
ちょっとトラブったけど無事終了。
この「大岬旧海軍望楼 」の横に「元祖帆立ラーメン間宮堂」があるが、長い間閉まっているような様子だった。
道の駅 さるふつ公園
「いさりの碑」という漁業協同組合が建てたモニュメント。
松浦武四郎宿営の地らしい。
北海道に来始めたころは、あちこちで名前を見かけて誰のこっちゃと思っていた。
文化15年2月6日〈1818年3月12日〉 - 明治21年〈1888年〉2月10日)は、江戸時代末期から明治にかけての探検家・浮世絵師・著述家・好古家。蝦夷地を探査し、北加伊道(のちの北海道)という名前を考案したほか、アイヌ民族・アイヌ文化の研究・記録に努めた。 (Wikipediaより)
インディギルカ号遭難者慰霊碑
昭和14(1939)年12月12日ソ連のインディギルカ号が座礁、沈没して700名以上がなくなったそうだ。
知床の事件とは比べ物にならない大惨事。
去年は気づかなかったが、「ブラックライトアート」入口と書いてある。
道路の対面に渡る地下道にアートが書かれててブラックライトで照らされている。
一直線のエサヌカ線を走るが、曇ってて見映えがイマイチ。
ウスタイベ千畳岩
「ウスタイベ」とは、アイヌ民族の言葉で、「入り江の林の川」を意味する「ウス・タイ・ペ」に由来するとされています。見わたす限り畳を敷き詰めたような不思議な景色は、溶岩などが急に冷えて固まったときに起きる「柱状節理」という現象から生まれました。
続縄文時代(約2,000年前)や擦文時代(約1,000年前)の遺跡に囲まれており、先史時代の人々も同じ風景を眺めていたことでしょう。枝幸町を代表する景勝地として、昭和43年に「北オホーツク道立自然公園」の一部に指定されています。
「千畳敷」とか「千畳岩」って各地にあるな。
千畳っていうほど広くはなかった。
ここも国内旅行に行くようになって覚えた柱状節理でできた海岸。
ヒメウギアヤメ
エゾカンゾウ
今回の旅行はそんなにスピードを出さずに安全運転。
先月、一時停止違反で罰金くらったので、1年間は無事故、無違反で過ごして違反点数を消さなくては😟