おまけの会社員生活

おまけの会社員生活《ハケンの品格》

五十而知天命、毎日定時退社&有給フル消化の正社員から週休5日、日給5.7万円、半分在宅勤務のハケン社員になりました

アユタヤ島外を原チャリで周る

タイ国鉄のアプリをインストールしたので、切符予約を使ってみるため、アユタヤに出かけることにした。

昨年4月にアユタヤ島内は自転車であらかた観光したので、アユタヤ島周辺の遺跡を巡るが、さすがに自転車じゃしんどいと思うので原チャリを借りることにする。

今回の旅行は「眼鏡」、「免許証」それに「Insta360」を持ってくるの忘れた😩

バンコクからアユタヤへ

アプリで往復のチケットをそれぞれ予約、決済。

バンコクのバンスー中央駅からアユタヤまで約1時間(片道241バーツ)。

空調なしだと片道60バーツ前後だが、前回帰りに利用したら暑苦しくて不快指数マックスだったので往復とも空調ありにした。

シーロムからMRTでバンスー中央駅まで約1時間。

駅のインフォメーションで、(チケットに変えなくても)アプリのままで乗れるのか聞いたら、割と流暢な日本語で大丈夫と言われた。

バンスー中央駅は中国の駅並みに巨大で、長距離列車の待合室は、MRT側とは反対のずーっとずーっと先。

8時になったら恒例の国歌斉唱があって、みんなの動きが停まってた。

改札でアプリのQRコードをかざしてプラットフォームに上がる。

窓側の席をとっておいた。

電車の中でも車掌の切符確認があるが、アプリのQRコードを読み取ってもらう。

アユタヤ駅に到着。

道路の反対側にある、前回自転車を借りたレンタサイクル店に行く。

免許証を忘れてしまったので、デポジットとしてパスポートを預ける。

1日(午後6時まで)200バーツ(約800円)と激安!

返却するときは、近くのガソリンスタンドで満タン返し。

借りたのはこちらのバイク。

おんぼろで、スピードメーターが壊れてる。

燃料計も帰りに満タンにしたのに、フル表示にならず半分ほどしか表示されなかった。

私は50ccの原付免許しかもってないので、いわゆる無免許運転😜

おまけに眼鏡もかけてない(昼間ならまあ大丈夫)😜

タイは日本と同じ左側通行で、違いは赤信号でも左折できること(たぶん)。

右側通行の台湾で運転するより簡単ですぐ慣れる。

ワット パナンチューン Wat Phanan Choeng(20B)

アユタヤが首都となる26年前、1324年に建てられました。幾度となく繰り返されたビルマ軍の破壊から奇跡的に残った寺院でもあり、縁起がよい寺として、今も多くの人々の厚い信仰を集めています。本尊である高さ19mの黄金仏の座像を安置している中国風の装飾で飾られた堂内に、タイ様式の他の寺院とはまた違った魅力が感じられます。(タイ国政府観光庁HP)

本堂に入るにはチケット(20B)が必要。

高さ19mの巨大黄金仏。

たぶん、自分の誕生日のロウソクを灯すのだと思う。

私は水曜日なので緑色のロウソクを購入(20B)。

ロウソクの灯をともして背後にある水をたたえた甕に供えた。

甕の中の水は回転していて、水蒸気の霧も出ている。

日本人村(50B)

今回、一番行ってみたかったのが「日本人村」跡。

入場料(50B)。

日本人村マップ。

FとKの建物に展示があって、ビデオも見れる。

背景は、ナーラーイ王の時代の1663年、オランダ人によって描かれた「Iudea」というアユタヤを描いた最も古くて美しい地図の油絵。網の目のように張り巡らされた運河、煉瓦を敷き詰めた歩道が細かく描かれている。現在はアムステルダム国立博物館に保管されている。

交易に使われていた品々?

扇子とか刀とか、マンゴスチンの形をした壺などが展示されている、

別室で、当時の日本人村を説明したビデオがみれる。

最盛期は1000~1500人の日本人が居住していたらしい。

浪人のほか、禁教令を逃れてきたキリシタンが多かったらしい。

タイの日本人村と言えば山田長政

日本字村の頭領になって、22代ソンタム王から官位を与えられるほど大活躍したが、1630年に憤死、日本人村も焼き払われる。

その後、難を逃れた日本人により復興されるが、日本の鎖国により人口の流入がなく、18世紀初めにはタイ人に同化してなくなってしまう。

猫が日向ぼっこしていたのでなでなで。

対岸はポルトガル人村があった。

何も遺跡は残ってないけど、300年も大昔に、この地に日本人が住んでいたというのは感慨深い。

祖国が恋しくても簡単には帰れないし、どんな気持ちで過ごしていたんだろう。

食堂があるが、客がいないので、従業員が退屈そうにしていた。

日本の衰退により、300年前と同様、タイにおける日本のプレゼンスは低下しているのであった😆

昔の地図の日本人村の場所、南北約570メートル、230メートルの敷地だったそう。

こんな感じだった?

1933年に三木栄と東恩納寛惇教授がアユタヤの日本人村の発掘調査を行って、包丁、土器の破片、刀剣と甲冑の破片、薩摩焼の菩薩像など約200点の出土品を発見、日本に持ち帰ったが、戦争末期です紛失し、残ったのがこの仏頭2個のみとのこと。

ターオ・トーンキープマーは、日本人とポルトガル人の血を引く混血児で、17世紀のアユタヤ王朝の高官であったコンスタンティン・フォールコンの妻だった。

「トーン」のつくお菓子、たとえば「トーンジップ」、「トーンヨート」、「フォーイトーン」などの元祖としてタイ人に知られている。
ターオ・トーンキープマーは個人名ではなく、宮廷料理人の官位で、本名はマリー・ド・ギマー・ピナー。

江戸時代のご朱印船(たぶん)。

日本庭園(?)には鯉のぼりや風鈴がかけられている。

1938年(昭和13年)、旧日本海軍練習艦隊が山田長政を祭神とする山田長政神社を建立した。

感想としては、なーんもなかった。

なんか遺跡の跡でも残ってるのかと思ってた。

300年以上も前で、日本人村は木造建築だったろうし、なんも残ってないか。

ワット プラ ノーン Wat Phra Non

狭い道を入っていった先にある。

破壊されたチェーディー(パゴダ/仏塔)後にナーガを飾っていた。

地元の人に信仰されているよう。

600年前に作られた涅槃物があるぐらい。

その奥には「Wat Chun Phon」というGoogleマップにも載ってない寺院跡があった。

仏塔跡が残るだけ。

ワット チャクラワート Wat Chakkrawad

「ワット クディー ダーオ」の道路を挟んで隣にある。

歴史的な背景や建築に関するエビデンスは残っていないが、アユタヤ朝早期から後期まで使用されていた模様。

仏塔の裏に回ると、木の根が張っていた。

ワット クディー ダーオ Wat Gudi Dao

ワット・マヘーヨンとともにアユタヤ王朝前からあったと推測され、1715年にはターイサ王によって大規模な修復が行われました。2ヶ所ある境内への出入り口は道路に面していて、どちらも大きなアーチ型が目を引き、これがアユタヤ後期に見られる建築の特徴と言われています。
本堂は正面にあり、その西にはスリランカ様式の仏塔、北側には後にボロマコート王(1732~1758年)として即位するターイサ王の弟で、副王のボウーンサターンモンコンが建設工事を指示するのに使ったとされる「カマリエン宮殿」が残っています。アユタヤの中で最も保存状態が良い寺院としても知られています。(タイ国政府観光庁HP)

北側にあるこれが「カマリエン宮殿」かな。

列柱はすべてなくなって土台だけが残ってる。

宮殿の南に寺院の敷地がある。

正面の本堂。


Insta360なら立体的な配置がわかるのに、持ってこなかったのが悔やまれる。

本堂の背後に仏塔。

仏塔の脇には、巨大な塊が転がっているが、仏塔の一部だろうか。

仏塔の後ろにももう一つ礼拝堂が残っている。

ビルマ軍に破壊されつくした仏像。

ワット チャン Wat Chang

ワット マヘーヨンの入口を探していたら、荒れ地の中に遺跡があるのが見えたので行ってみた。

看板も倒れかかってる。

修復されてなくて荒れ放題。

象に乗って観光するスポットのようで、象の糞がいっぱい落ちてる。

荒れるに任せているのも趣があっていい。

ワット マヘーヨン Wat Mahaeyong(50B)

入口は東側にあるが、西側かと思って、歩いてぐるっと一周してしまった😩

チケット売り場で「コンタイ?」って聞かれる。

タイ人なら10バーツ、外国人なら50バーツなのだ。

日本ももう先進国ではないのだから、観光地はインバウンドで来る外国人観光客から日本人の5倍の入場料をとったらいいと思う。

1438年、チャオサムプラヤー王(1424~1448年)によって建立されたとされる寺院。鐘形の塔や、80体の象が基壇を囲むチェディ・チャーン・ローム(仏塔)など、スコータイやシーサッチャナーライにも広く見られるスリランカ様式が取り入れられています。
ターイサ王が3年間かけて大規模な修復を終了させた1713年には、建設工事の視察ができるようにと近くに宮殿も建てられました。比較的きれいな形で残っている長方形の境内の東側の正面入り口からレンガ塀に囲われた通路を行くと、布薩堂(ふさつどう:境界石に囲まれ、僧侶が修行するお堂)に出ます。布薩堂には、ご本尊が祀られた跡が残っていて、その先にチェディ・チャーン・ロームがあります。象は、仏教の教えとつながりが深い動物ですが、ターイサ王は象狩りを愛好していて、ある年は30頭の象を乗せた船を建造して、インドへ象を輸出したと伝えられています。(タイ国政府観光庁HP)

通路の先の布薩堂。

靴を脱ぐよう書かれたプレートが置かれていた。

顔面のない仏像。

周囲の壁は綺麗に残ってる。

崩れててわからなかったが、説明を読んで仏塔の周囲の動物が象🐘だと知った。

よく見ると、象の鼻が残っているものもある。

仏塔の周りの仏像も破壊されまくり。

ワット シカー サムット Wat Sika Samud

この近くにあるお寺の駐車場に原チャリをとめて「ワット マヘーヨン」に行った。

遺跡に行くのに、堀にかかった壊れそうな木製の橋を渡るが、ガサガサと音がしたのでみたら、大きな水トカゲだった。

中国語だと「圆鼻巨蜥」というらしい。

礼拝堂と仏塔が残っている。

仏像は最近になって置かれたものだろう。

ワット プッタイサワン Wat Putthai Sawan

アユタヤ島外の南側に建つ寺院。アユタヤ朝初代ウートン王は、島内で都を構えるまでここを宮殿として3年間暮らしていましたが、即位後、ここを修復して寺院名を現在の「ワット・プッタイサワン」に改名したと伝えられます。寺院のシンボルである白くてトウモロコシ形の塔堂=プラーンは、アユタヤ初期に建てられたクメール様式のものですが、1898年に現在の姿に改築。その正面には、ウートン王の神像が祀られています。(タイ国政府観光庁HP)

鶏が祭ってあったから、たぶんナレースワン王。

回廊の中心に白い仏塔がある。

タイで大ヒットした歴史ラブコメディードラマ「ブッペーサンニワート/บุพเพสันนิวาส」(邦題『運命のふたり』)の撮影で使われたらしい。

回廊の周囲には金ぴかの仏像がずらり。

仏塔の中に入ることができて、奥には祭壇?

一番奥に小さな涅槃仏。

寺院の奥に進むと、遺跡がのこっている。

涅槃仏。

今も寺院として使われている。

ワット チャイワッタナーラーム Wat Chai Wattanaram(50B)

アユタヤ島の西側の対岸にある。

Googleの口コミが多いだけあって、遺跡もでかくて、観光客も多かった。

駐車場の向かいにタイ古式衣装のレンタル店がいっぱい並んでいる。

ここでもチケット売り場で「コンタイ?」って聞かれる。

ひょっとして日焼けしすぎ😰

とても荘厳で観光客が多いのもわかる。

1630年、第24代王プラサート・トーンが亡くなった母を偲んでチャオプラヤー川の西側に建設した寺院。建築様式はカンボジアアンコール・ワットに似ていることから、カンボジアとの戦争に勝利を収めたことを記念して建てたとの説もあります。

寺院の四角い境内の中央には35mの主塔がそびえ立ち、四方に4基の塔堂(プラーン)を従えて、その回りには回廊が取り巻くというアンコール・ワット様式で、八方には須弥山(しゅみせん)を表現する塔も設けられています。

また、建立の1630年からアユタヤ王朝の滅亡まで、王の法事を執り行う王室寺院でもありました。ここも他の寺院と同様1767年のビルマ軍によって焼かれ廃寺と化しましたが、1987年になって改修され、現在ではアユタヤでもっとも美しい寺院遺跡のひとつとなっています。(タイ国政府観光庁HP)

パゴダも立派。

周囲は回廊になってて塔堂や仏像が並んでいる。

今日一日でアユタヤ島の周囲をぐるっと周るつもりだったが、次の「ワット プーカオトーン」に向かっている途中で無理だと気づく。

帰りの列車をもう少し遅い便にしとけばよかったかと思ったが、バイクのレンタル代も安いから、日を改めてまた来よう。

ガソリンも少なくなっていたので、引き返してガソリンを給油。

でも、30バーツしか入らなかったし、フルに入れても満タンの表示にならなかったので、燃料計が壊れてる可能性大。

原チャリを返却、パスポートを返してもらって駅に向かう。

時間があったので、近くのコンビニでチーズトーストを買う。

VISAタッチしようとしたら、200バーツ以上じゃないと不可と言われた。

昨年7月チェンマイに行ったときは金額制限はなかったのに。

でも「支付宝」は金額制限なく使えるっぽい。

観光で周るのに忙しくて、これが昼食。

今日は激安(でもウマい!)。

アユタヤ駅は改札がないので、車両に乗ってから車掌の切符確認。

帰りの車掌はQRコード読取器を持ってなくて、アプリを目視確認だった。

帰りも空調つきなので快適。

ちょっと非効率な周り方をしたと反省。

最初に「ワット マヘーヨン」など東側の遺跡に行ってから、「ワット パナンチューン」や「日本人村」に行けばよかった。

ナビで遣うのでスマホのバッテリー消費が激しく、帰るときには残り10%を切った😰

2台体制なので問題ないけど。

夕飯はチキンとインスタントラーメン。

ザクロとポメロのジュースを買ってみた。

zhizuchangle.hatenablog.com

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